ルビーとサファイア

20110621

「これ、美味しいよ」

飲んでみる?とにっこり微笑む彼と、差し出された缶ジュースの間で視線をうろうろさせながら、「あんた、何言っとるん」―――そう返すだけでサファイアには精一杯だった。

彼女はルビーの手に握られている桃色の缶を凝視する。最近発売されたばかりの清涼飲料水。広告宣伝にやたらと力を入れているらしく、世間知らずの彼女でも街中のポスターやテレビCMでよく見知っているものだった。CMの中の女性タレントがこれはとても美味しいと大絶賛していたため、いつか飲んでみたいとも思っていた。

しかし目の前のそれはつい数秒前まで彼が飲んでいたものであって、つまりサファイアが飲み口に口を付けてしまえば間接キス……ということになってしまうのであって。

酸素不足の魚のように口をぱくぱくさせている彼女に、ルビーは「飲みたくなかったんだったら最初からそう言ってくれれば」とわざとなのか本当に天然なのか、判断もつかない返答をする。激しく首を横に振るサファイアは、相変わらず無言のままだった。

「飲みたくないわけじゃ、ない?」
「うん」

何やら暫く考え込んでいるようだったが……何か良からぬことを思いついたのか、ああなるほどね、と紅い瞳がぎらりと輝く。長年培ってきた野生の勘が取りあえず逃げろと警戒サインを出したため、後退りの姿勢に入ろうとするサファイアの口を、瞬間、柔らかい感触が塞いだ。それが彼の唇であったことをはっきりと認識した頃には、口内は白桃の甘い香りに包まれていた。

ごくり。

沈黙の中、いやに小気味良く喉が鳴る。すっきりとしていて後味のよい爽やかな、しかしなんだか生温い気がする甘味。どうして生温いのかと言えば、缶が長時間常温の中に曝されていたから……では、なくて。

「……っ!」

必死に距離を取ろうとするも、肩ががっちりと抑えつけられてしまっていて身動きが取れない。
え、何?おかわりだって?キミも欲張りだね仕方ないなぁとサファイアの顔を覗き込むルビーは、どんな悪人よりも悪人面、という言葉が似合ういやらしい笑みを浮かべていた。

「どうしたの?」

顔、真っ赤だよ。

(あんたのせいやろがっっ!)

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